江戸象牙
象牙は象の門歯が伸びたもので、大きいもので長さ3~4メートル、重さ40~60キログラムにもなります。美しい光沢と加工に適した硬さで、素材として優れた特性を持ち、滑らかな肌ざわり、縞目(しまめ)の変化の妙もあり、工芸品として愛されています。
古代エジプト、古代ギリシャやローマ、また中国など洋の東西を問わず、象牙は古くから珍重され、神像や装飾品、家具や調度品などさまざまに用いられてきました。中国では、隋、唐の時代に南方との交易が盛んになり、インドやタイから多くの象牙が輸入されるようになるにつれ、上流階級の調度品の装飾などに愛用されるようになりました。
中国の象牙彫技法は、奈良時代(710~794年)に日本に伝えられました。奈良県の東大寺正倉院(しょうそういん)の所蔵品に、象牙に細密彫刻を施した儀礼用の物差し、琵琶の撥(ばち)、碁石などが遺されおり、また、象牙の原材も収蔵されていることから、日本でも象牙加工の技法を学び、櫛(くし)などを作っていたと考えられます。
安土桃山時代(1573~1603年)、象牙は茶匙(ちゃさじ)、茶蓋(ちゃふた)など茶道具に多く用いられ、東南アジアや中国との交易が盛んになるにしたがい、技術的にも大きな発展を示しました。江戸時代初期(17世紀前半)には根付や印寵(いんろう)、櫛(くし)や簪(かんざし)などの日常の生活用品としても広まり、元禄時代(17世紀後半)から文化・文政(18世紀前半)時代頃にかけ、多くの象牙工芸品が武家・町人に愛用されるようになりました。
明治・大正時代(1868~1912年、1912~26年)には、象牙彫刻として隆盛期を迎えます。多くの名工が輩出し、輸出された作品は、卓越した芸術的彫刻品として高い評価を得ました。そして、これまで培われた江戸象牙の伝統の技術は、現代にいたるまで受け継がれています。
なお、象牙は、現在はワシントン条約によって国際取引が規制されており、日本には2009年以降輸入されていません。工芸品となるものは、登録票が交付されたものに限られるため希少価値が高くなっています。
- 型づくり:墨付け・図取りをした後、鋸またはノミ等を用いて手作業で荒彫り
- 彫り(仕上げ彫り・模様彫り):線彫り、あらし模様彫り、布目模様彫り、平彫り、芝山彫り、または透かし彫り
- はぎ合せ:置物では合わせまたはダボを用い、撥(ばち)ではニカワを用いる
- 磨き:トクサ、ムクの葉、角の粉等で磨き上げ
- 染色:ヤシャブシ等の天然染料による
象牙